書評『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』
起業には多くのパターンがあることに気づいたし、本書でもそれらを紹介しているけれど、この中に成功の方程式はない。そんな方程式は存在しないのだ。
Paypalを創業したペイパル・マフィアの一人、ピーター・ティール氏がスタンフォード大学で受け持った起業の授業から生まれた本です。
内容
グローバリゼーションとテクノロジー
著者は未来の進歩を2つの形に分けて説明しています。水平的進歩と垂直的進歩。水平的進歩は成功例をコピーすること。つまり1からnへ向かうこと。もう一つの垂直的進歩は新しい何かを行うこと。つまりゼロから1を生み出すこと。
これをマクロレベルで見ると水平的進歩は「グローバリゼーション」、垂直的進歩は「テクノロジー」。
ほとんどの人はグローバリゼーションが世界の未来を左右すると思っているけれど、実はテクノロジーの方がはるかに重要だ。(中略)資源の限られたこの世界で、新たなテクノロジーなきグローバリゼーションは持続不可能だ。
今のテクノロジーのまま消費が増えてしまえば環境が破壊されてしまう、との考えです。
昔はゼロサム社会だったといいます。そこでの成功とは、他者から何かを奪うこと。これまでより平和な繁栄の時代にしてくれる新たなテクノロジーを思い描き、それを作り出すことが、今の我々に与えられた挑戦だといいます。
新しいテクノロジーを生み出すのは、だいたいベンチャー企業、つまりスタートアップ。より良い世界を作ってきたのは、使命感で結ばれた一握りの人たちだった。その理由は単純、大組織の中で新しいものは開発しづらく、一人ではさらに難しいから。
著者の言うスタートアップとは…
スタートアップとは君が世界を変えられると、君自身が説得できた人たちの集まりだ。
ドットコム・バブル
「企業は儲けるために存在する。損をするためではない。」この当たり前のようなことが当たり前でなかった時代があります。それは1990年代の終わり、いわゆる「ドットコム・バブル」の時代。このころはどれほど大きな損を出しても、それはより明るく素晴らしい未来への投資とみなされていました。収益よりもページビューの方が権威があった時代。
その発端はもちろんインターネット。ブラウザのモザイクが生み出され、それがネットスケープのナビゲータに変わり、1994年の終わりには一気に普及します。ヤフーやアマゾンが上場して、98年の春までには株価が4倍以上にも高騰。
しかしアジア通貨危機がきっかけで、あっという間にバブルがはじけてしまいます。
シリコンバレーに居残った起業家達は、その時の経験から四つの大きな教訓を学び、それがいまだにビジネスを考えるときの大前提となっていると著者は言います。
- 少しずつ段階的に前進すること…大口を叩く人間は怪しい。世界を変えたいなら謙虚でなければならない。
- 無駄なく柔軟であること…ビジネスの先行きは誰にもわからない。計画を立てるのは傲慢であり、柔軟性に欠ける。
- ライバルのものを改良すること…本当に商売になるかどうかを知るには、既存顧客のいる市場から始めるしかない。
- 販売ではなくプロダクトに集中すること…テクノロジーは製品開発にこそ生かされるべきで、販売は二の次でいい。
しかし著者はこれらを否定します。
- 小さな違いを追いかけるより大胆に賭けた方がいい
- 出来の悪い計画でも、ないよりはいい
- 競争の激しい市場では収益が消失する
- 販売はプロダクトと同じくらい大切だ
独占企業
事業規模が巨大でも、ダメな企業は存在すると著者は言います。
アメリカの航空会社は数百万の乗客を運び、金額にすると毎年数千億ドルもの価値を創造しています。しかし2012年には、平均の片道運賃178ドルのうち、航空会社の取り分はわずか37セントだったそうです。逆にグーグルは売り上げははるかに少ないものの、同じ年に航空業界が上げた利益率の100倍以上。
航空会社はお互いがライバルだけど、グーグルにはそうした相手がいない。マイクロソフトとヤフーを完全に引き離した2000年代のはじめから、検索分野でグーグルにライバルはいない。「完全競争」と「独占」。
アメリカ人は競争を崇拝し、競争のおかげで社会主義国と違って自分たちは配給の列に並ばずに済むのだと思っていると著者は主張します。でも実際は資本主義と競争は対極にあるといいます。資本主義は資本の蓄積を前提に成り立つのに、完全競争下では全ての収益が消滅する。
カネのことしか考えられない企業と、カネ以外のことも考えられる企業とでは、ものすごい違いがある、と著者は言います。完全競争下の企業は目先の利益を追うのに精いっぱいで、長期的な未来に備える余裕はない。生き残りをかけた厳しい戦いからの脱却を可能にするものは、ただ一つ、独占的利益だそうです。
独占は、全ての成功企業の条件なのだ。
幸福な企業はみな違っていて、それぞれが独自の問題を解決することで、独占を勝ち取っているそうです。逆に不幸な企業はみな同じで、競争から抜け出せずにいる。
クリエイティブな独占環境では、社会に役立つ新製品が開発され、クリエイターに持続的な利益がもたらされるが、競争環境では、誰も得をせず、たいした差別化も生まれず、みんなが生き残りに苦しむことになる。
社会に浸透し、僕たちの思考をよがめているのが、まさにこのイデオロギーだ。僕たちは競争を説き、その必要性を正当化し、その教義を実践する。その結果、自分自身が競争の中に捕らわれてしまう。競争すればするほど得られるものは減っていくのに。
さらに、競争を避けることで独占企業になれたとしても、将来にわたって存続できなければ、偉大な企業とは言えない、と断言します。
未来の価値
偉大な企業かどうかは、将来のキャッシュフローを創出する能力で決まる、と著者は言います。
書籍ではニューヨークタイムズとツイッターの企業価値を比べています。2013年にツイッターが上場したときの時価総額は240億ドルで、ニューヨークタイムズの12倍以上でした。ニューヨークタイムズは2012年に1億3300万ドルの利益を計上し、ツイッターは赤字だったにもかかわらず。
これは何故でしょう?それは投資家はツイッターがこれからの10年間に独占利益を取り込むことができると予想し、新聞の独占は終わったと考えているからです。
単純に言うと今日の企業価値は、その企業が将来生み出すキャッシュフローの総和(を現在価値に割り戻したもの)。
ディスカウント・キャッシュフローを比べれば、低成長企業と高成長スタートアップの違いがはっきりと分かるそうです。低成長企業の価値の大半は短期のキャッシュフローから来ます。そして市場に似たような代替物がある場合、競争によって利益は吹き飛びます。ナイトクラブやレストランはその例で、今は稼げていたとしても、より新しくトレンディな場所に人が流れれば、今後数年でキャッシュフローは恐らく先細ります。
しかしテクノロジー企業は反対の軌跡を描きます。最初の数年はたいてい持ち出しです。価値ある物を作るには時間がかかり、売り上げは後にならなければ生まれないからです。テクノロジー企業の価値のほとんどは、少なくとも10年から15年先のキャッシュフローからきているそうです。
ここで著者は独占企業の4つの特徴を上げています。
- プロプライエタリ・テクノロジー…ビジネスのいちばん根本的な優位性
- ネットワーク効果…利用者の数が増えるにつれ、より利便性が高まる
- 規模の経済…規模が拡大すればさらに強くなる
- ブランディング…強いブランドを作ることは独占への強力な手段
そして、それを成功させるためには慎重に市場を選び、じっくりと順を追って拡大しなければならない、と言って以下のポイントを上げます。
- 小さく始めて独占する…どんなスタートアップも非常に小さな市場から始めるべき
- 規模拡大…関連する少し大きな市場に徐々に拡大してゆく
- 破壊しない…古い業界を意識するより、想像に力を注ぐ方がはるかに有益。できるかぎり競争をさけるべきだ。
小さなニッチを支配し、そこから大胆な長期目標に向けて規模を拡大しなければならない。
ひとつが他の全てに勝る
分散に極端な偏りがでる「べき乗則」を著者は重要視しています。
ベンチャーキャピタルはアーリーステージへの投資によって指数関数的成長から利益を得ることを目論見ます。成功しそうなスタートアップを見つけ、機関投資家や富裕層から資金を募り、企業に投資します。判断が正しければその企業は上場なり大企業に売却されるなりして、リターン(通常は20%)をうけとります。そのスパンは10年ほど。
しかしほとんどのスタートアップは上場することも売却されることもなく消えていくそうです。「下手な鉄砲も数うちゃ当たる」作戦では、たいていひとつも当たらずにポートフォリオはゴミの山。
だから分散ばかりを気にかけるのではなく、圧倒的な価値を生み出す一握りの企業を追いかけなければ、その希少な機会をはじめから逃すことになると著者は言います。最も成功した投資案件のリターンが、その他すべての案件の合計リターンに匹敵、もしくはそれを超えるそうです。
著者はこのべき乗則を気にかけなればならないのは投資家に限らない、誰にとっても大切だといいます。なぜなら全ての人は自分の人生に対する投資家だからです。等しく可能性のあるキャリアをいくつも同時にすすめて、人生を分散させることはできない。自分の得意なことにあくまでも集中すべきで、その前にそもそもそれが将来価値を持つかどうかを真剣に考えた方がいいとアドバイスします。
一番大切なのは、「ひとつのもの、ひとつのことが他の全てに勝る」ということだ。
どう売るか
営業の大切さをほとんどの人は十分に分かっていない、特にシリコンバレーはその最たる場所だ、と著者は嘆きます。
エンジニアは売ることよりもクールなものを作ることしか考えてない。でも、ただ作るだけでは買い手はやってこない。売ろうとしなければ売れないし、それは見かけもよりも難しい。
エンジニアは「何もしなくても売れる」ようなすごいプロダクトを目指しますが、「最高のプロダクトが勝つとは限らない」。何か新しいものを発明しても、それを効果的に販売する方法を作り出せなければ、いいビジネスにはならないそうです。
差別化されてないプロダクトでも営業と販売が優れていれば独占を築くことはできる、しかし逆はない、と断言します。
他にも…
この書籍で特に興味を持ったところをかいつまんでみましたが、この書籍では他にも
- 成功は運か実力か
- 知られざる真実、フロンティアはまだあるのか
- スタートアップのチームの作り方
- コンピューターは人間を置換するのか補完するのか
- エネルギー2.0
- 創業者の個性
- シンギュラリティ
と、いった内容が書かれています。
感想
資本主義では競争することが健全なことなのだと教え込まれてきました。独占禁止法なんてありますしね。しかし著者は独占を勧めます。ニッチ市場に切り込んで独占し、徐々に拡大していく。とにかく競争を避ける。
成功した人が何を考えているのか?を知ることができる書籍です。読みやすくてスラスラと読むことができました。
ただ起業にもいろんなやり方があると思います。これもあくまでもその中の一つ。著者自身、成功の方程式はないと言っています。内容がIT業界に偏っている感はありますので、その点は留意しておいた方がよいと思います。あと、大学の授業が元ということもあってか、夢を大きく持たせる的な部分がちょっと大きかった気もします。
しかし、実際に起業を成功させ、様々な投資も成功させている人の言葉、実際に経験してきた方が紡ぐ言葉は一言一句重みがあります。起業に関する大きなポイントがコンパクトにまとまっています。この書籍も何度も読むことになりそうです。