書評『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』

「一杯のコーヒーを通じて、人々に安らぎと活力を与えるのが喫茶業の使命だ」という信念のもと、コーヒー豆の輸入、焙煎、卸売りからコーヒーショップのフランチャイズ展開まで行っているドトールコーヒーの創業記です。

内容

少年時代

1937年に埼玉で生まれた著者。母は9歳の時に他界し、父に育てられます。日本人形の眼をガラスで作って生計をたてる父はものを作ることに関しては才能があったのですが、金銭感覚には乏しく商売には不向きな性格だったそうです。そんなこともあって著者は父に代わって人形の眼を売り歩き、商売に関する金銭の一切をあずかり、中学を卒業するころには一家の中心的な働き手になっていたそうです。この経験が後に役に立つんでしょうね。

しかし高校の時、そんな父と喧嘩して家を飛び出し、東京へ。高校は中退して住み込みでレストランでコックの見習いとして働くようになります。

コーヒーとの出会い

著者がコーヒーと初めて出会ったのはこのコックの見習いをしていた時でした。GIから横流しされたMJBという缶入りのコーヒーで麦藁のような匂いがプンプンし、まずいともおいしいとも思わなかったそうです。しかし次に働くようになったレストランでは、日本で焙煎した豆をアーンという本格的なコーヒー抽出機で入れたコーヒーを飲んで本当においしいと思い、どうしたらもっとおいしいコーヒーが入れられるようになるのだろうと、コーヒーの味にすっかり魅了されてしまったそうです。

赤面対人恐怖症

その後コーヒー豆の焙煎・卸業の会社に勤めるようになります。そこではコーヒー豆の営業をやるように言われますが、著者はなんと赤面対人恐怖症。そんな人が日々飛び込みでコーヒー豆を売り込むのは至難の業。会社を辞めようと何度も思ったそうです。

もし、ここで赤面対人恐怖症から逃げて会社を辞めてしまったら、私は自分自身に負けたことになってしまう。これから先の長い人生においていつでもどこでも、何をするにしても、赤面対人恐怖症が付きまとって、そのたびに私は逃げ出してしまうことになる。

人生の敗北者にだけは絶対になりたくない。もともと負けず嫌いでもあった著者はその問題から逃げるのではなく、真正面から取り組んでより良い方向に昇華していこうと前向きに考えるようなります。先方が嬉しいと思ってくれそうなことを探して、自ら進んでやる。そうしているうちに信用を勝ち取っていきます。

内向的な性格だからと言って引け目を感じることはないし、無理に明るい人のまねなどする必要はない。

喫茶店の店長、そしてブラジルへ

会社が開店した喫茶店の店長になることになった著者。店長になるにあたって考えたことは喫茶業が世に存在する意義とは何か?でした。そして著者が出した答えは「一杯のコーヒーを通じて安らぎと活力を提供することこそが喫茶業の使命だ。」

喫茶店の店長。仕事は順調でしたがふと不安が横切ります。

何をそんなに浮かれているんだ。今はたしかに成功して喜んでいられるけれど、もしかしたら自分はこのまま小さな喫茶店の店長で終わってしまうかもしれないんだぞ。それでもいいのか。

以前世話になった喫茶店のオーナーから連絡があり、ブラジルのコーヒー農園で働くことになります。当時船でブラジルまで42日間かかったそうです。結局ブラジルでは3年働き、日本に帰ります。

ドトールコーヒー設立

日本に戻って以前勤めていたコーヒー会社に再び勤めます。しかし社内で認めがたい出来事に遭遇した著者は、自分で会社をつくろうと決意します。理想高き会社、厳しさの中にも和気あいあいと働くことのできる会社、お互いが真剣に厳しく働きあうことによってお互いを尊重しあえる会社を作ろうと考えます。

そうして半年後、コーヒー豆の焙煎・卸会社、ドトールコーヒーが誕生します。由来は著者がブラジルで住んでいた通りの名前だそうです。資本金30万円、社員2名、八畳一間の事務所兼焙煎所兼倉庫。それがドトールコーヒーの始まりでした。

当時既に日本にはコーヒーの卸会社が350社近くもあったそうです。そんな中、信用も実績もないドトールコーヒーは苦戦します。なかなか軌道に乗らず、毎朝目が覚めるたびに頭を横切る倒産の2文字。しかしある時、気が付きます。

潰れる、潰れると思うから心が委縮して何もできないのだ。明日潰れてもいい、今日一日、体の続く限り全力で働こう

設立して2年ほど過ぎたあたりから収支が合うようになっていきます。

ドトールコーヒーショップ

焙煎・卸でやってきたドトールコーヒーでしたが、取引先の機嫌しだいで取引をやめざるをえないこともある卸業に危機感を感じ、喫茶店経営に乗り出します。700万円を借金して開店を目指しますが、その700万円をだましとられてしまいます。結局6年がかりでその借金を返済したそうです。

当時喫茶店は不健康なイメージが付きまとっていました。しかしヨーロッパ視察旅行でヨーロッパでのコーヒー文化を目の当たりにして、健康的で明るく老若男女ともに親しめる明るい喫茶店を目指します。

そしてコーヒー専門店「カフェ コロラド」をオープン。チェーン店として順調に店舗を増やし、さらには立ち飲み形式の「ドトールコーヒーショップ」をオープン、今では全国で1,000店舗を超えるコーヒーショップの第一号店となりました。

感想

常に信念をもって前に進む、そんな印象でした。

最初に正しい願いやポリシーを持ったからこそ、半世紀以上にわたりコーヒー業界に身を置くことができ、ドトールコーヒーも発展できたと思っている。

”願い正しければ、時至れば必ず成就する”という思いが根底にあるようです。

そして危機感。

現状に満足しきって、危機感、革新性を失うと、国も企業も、そして人間までもだめになっていく。

基本の徹底に営々と努力し、危機感を抱きつつ変化へ対応、社内では「現状打破、現状打破」と唱え続けているそうです。

以前読んだマクドナルドのチェーンの生みの親、レイ・クロックの話を思い出しました。

彼も言っていました。

未熟でいるうちは成長できる。成熟した途端、腐敗が始まる。

他にも引用したい箇所が山ほどありました。書籍でご覧ください。

この書籍の前半が著者とドトールコーヒーの歴史、後半は商売や組織に対する著者の思い、という構成でした。特に後半はドトールコーヒーを築き上げた信念がたくさん詰まっていて、起業を目指す人なら是非読んでおきたいです。

著者は人に「会社を興し、発展させる秘訣を教えてほしい」と聞かれた時には松下幸之助の言葉を引用してこう答えるそうです。

成功するにはコツがある。それは成功するまでやめないことだ。

本を買っても1度読んでそれっきり、ということも多いですが、この本は何度も読むことになりそうです。